高知城下から愛媛県川之江・丸亀両港に至る土佐北街道の一部である立川(たじかわ)参勤交代道は、大豊町葛原(かずらはら)から愛媛県堺の笹ヶ峰峠までのおよそ20kmに及ぶ、峠越えと谷筋に沿って築かれた街道です。

 この道は約1,200年前の平安時代初頭に新たな官道(国道)として、人や物資の移動を目的に開発されたことで、立川地区にその歴史を刻み始めました。江戸時代には藩主 山内氏が江戸とを往来する参勤交代道として、歴史的にも重要な役割を果たしてきました。また幕末の頃には、坂本龍馬が立川番所に近い荷宿(にやど)で水戸藩士から時代の現実を初めて見聞きし、のちの「脱藩の志」を立てた道でもあります。

 この道は、太平洋と瀬戸内海を直接結ぶ交流街道の側面もあり、大豊町の「碁石茶(ごいしちゃ)」や様々な山海の品々・情報が行き来しました。また道の斜面を保護するために河原石を積み上げた石垣が残る街道の頭上には現代の街道「高知自動車道」があって、今なお産業・交通の最重要路線となっています。

 川沿いの山道や水路道、また四季折々の変化に富んだこの道は平成8年に文化庁の『歴史の道百選』に選ばれ、歴史の道として多くの方々に認知されました。また昔のままの面影を残した風景を存分に楽しめる全国的にも珍しい景観の道でもあり、今日では多くのウォーキング愛好家に親しまれています。

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